東北チャリティー展
e-space
2012/6/6

[連載] 3月24日木の屋石巻水産様トークショー詳細6(最終回)

トークショー詳細5からの続き)

で、当時ですね、ウチの会社には韓国からお客さんが来てました。
この方は、本当に不運な事にウチの会社に来ていまして、社長室で丁度名刺交換しようとした瞬間に地震にあったんですね。
さらにこの方は、韓国の方なので当然なのですが、日本語が分からないんですよね。
で、偶然初日、同じ方向に別の社員がこの方と一緒に避難してまして、日本語が分からない、
英語でしか会話ができないという事で、なぜか、松友頼むと言われまして、
たどたどしい英語でずっと話をしていたんですけれども、この方の立場だったら、不安でしようがないだろうなぁと。
言葉も通じない、地理も分からない、知り合いもいない所で、こんな事になって

色んな事に協力して頂きまして、当時の集団もそうですし、缶詰運ぶ時も手伝って下さいましたね。で、(写真の顔が)何故か笑ってる笑うしかないですね。まぁ、笑って通そうってトコなんですけど。

で、日が経つにつれて、社長とか副社長とかと合流して、ああするこうするという話になった時に、
お客さんを無事に韓国に返そうという話になりまして、で、ヘリコプターで安全な場所に避難した後にですね、
どうにか韓国に返す方向を模索していたんですけれども、色々と情報をとると、仙台空港が使えないらしいと。
さらに福島になると、3日目に避難所に居て初めて分かったんですけれども、
そこで原発の話を新聞とかで知って南にも進めない、じゃ、どうするか?と思ったら、
上にいくしかないと色んなツテをたどっていった所ですね、本当に偶然なんですけれども、
317日にですね、秋田に移動する方がですね、乗せて行って下さいまして...
本当にあの時はガソリンもない状態だったんですね。

そんな状況の中でよく秋田まで乗せていって下さる方と巡り会えまして、秋田(地図:1)に移動して、
秋田空港から普通に送り出したかったんですけれども、そこからは帰れず、羽田に行こうと思って、
秋田空港から羽田まで移動して、羽田空港(地図:2)でようやくお送りできたというのが、
私の震災から1週間位の行動でした。


で、その後ですね、東京で弊社とおつきあいのあった会社さんの中からですね、
泥つきの缶詰でもいいからこっちに送ってくればいいよ。
そしたら皆で集まってキレイにして、中身が大丈夫だったら私達買うよとという風に、
おっしゃってくださいまして、そこから缶詰を洗って、キレイにしていくというような作業が始まったんですね。

これがメディアの方とかにご協力頂いて、全国的な広がりになりまして、
石巻には延3000人位のボランティアの方がですね、弊社の缶詰の発掘作業と洗う作
業においで頂きまして、どうにかきたっていうのが、この1年間でした。
 

で、今でも思い出すのですが、このお客様が最初に缶詰を購入された方して、
缶詰を洗っている頃から、あら、何やってるの?という話になりまして、で、いくつか買って下さいまして、
この方が買って下さったのは午前中なんですけれども、夕方にまたいらっしゃいまして、昼間食べたらおいしかったと。
この方は、1週間で3回来て下さいまして、その間にこの方の旦那様も2回来て下さいまして、
で、娘さんが別の日にまた来て下さったんですね。

という、有難いお話をさせて頂いて、ここから岸田浩和の「缶闘記」をご覧頂きます。
---上映中のコメント---
車のシーン:(ご本人の車だそうです)ある日突然表れたんです。あれ?ってなりました...(笑)

缶の洗うシーンの始め:水産加工会社が300社くらい集まっている地域だったんっですけれども、
魚が腐ったみたいな独特の臭いと薬品なのか分かんないんですけどすごい臭いでした。
TVの報道ではカットされてしまって、放映されていないののですが、ハエなんです。
この時は本当は、ハエが多く飛び交っていたんです。

飲み会のシーン:この日は毎年石巻市で夏になると行われる祭とかがあるんです。

ATMのトラック:これはアパートの近くなんですけれども、中が使えないんです。ここで買い物ができただけでも有難い事でした。

上映後:これから工事が始まるんですけれども、とにかくいち早く自分達の自信を取り戻すってところですね。で、震災後特に日本で地震災害のあった茂原の方、あと神戸の方、新潟の方に聞くと、一旦戻ったなと感じるまで3〜5年かかると答える方が多いんですね。ま、ですけど弊社は大変幸せな事に緊急状態でもなんとか食べていけてます。
---途中映像切れております。---
ご清聴本当に有難うございました。 

2012/6/5

[連載] 3月24日木の屋石巻水産様トークショー詳細5

トークショー詳細4からの続き)
道路が手前左下から斜めに右側奥までありますが、
その奥の左側にあるゴチャゴチャしている場所が、ウチの会社の工場だった所です。
敷地面積は、2500坪ありまして、そこで缶詰の製造の他、しらすのちっちゃいやつの乾燥品とか佃煮、
あとは、フィッシュミールという魚粉を作ったりしていましたが、その工場も跡形もなくなっていました。




で、これが、工場の右手入口だった所です。
あの階段を上がって正面に行くと、工場の入口のドアがありまして、そこから工場の中に入る感じでしたね。
ちなみに渡しの工場の中のデスクはですね、その階段奥左手の赤い床のスペースの向かって左奥にありました。
なので、パソコンもどこに行ったかわかんなくなっているので、それまで開発していた商品のデータですとか、
紙ベースの資料とかですね、そういうのが全てなくなってしまったちょっとでも残っていたらと
思っていたんですけれどもそういう状態でした。


これは、フィッシュミールを作っていた場所ですね。
で、真ん中の左側にですね、なぜかトラックが重なってしまってまして、火災があったんでしょうね。
もう、かなり真っ黒になってしまっていて、皆でお~、としか言えなかったですね。


で、続いて、これは、先の工場と通りをはさんで向かいにあった缶詰の倉庫です。
なんとか建物は残っていたんですよね。ですが、この倉庫のユニットにはさんで海側の土地にですね、
結構頑丈でしっかりした別の会社の工場がありまして、まあ、その工場に守られたというか、
変な言い方かもしれませんが、そのおかげでとにかく外向かいだけは保つ事ができました。

で、この中で埋まっていた缶詰が希望の缶詰ですね。当時、会社の中で在庫が100万缶ほどありました。なんでそんなに在庫が多いかとい言うと、大体3月から5月にかけてですね、缶詰を作っている場所で別の製品の製造等をするものですから、その期間にですね、(市場に)流す分の缶詰をそれより前の時期にたくさん作っておいて蓄えていたという事でして、年間の中で一番在庫量が多い時だったわけなんですね。

ーーー録画の音声が途切れてしまい、しばらく途切れてしまいましたーーー

これは、会社の近くの自販機を皆で壊しているところです。

この時に水が手に入ったという事は、すごい、なんといったらいいんでしょう、まあ、貴重な事で、で、一応、全部出した後に皆それぞれ汚れを払ったんですけれども、当時、水がないものですから、ヘドロがやっぱりついているんですね。で、洗い流しようがないので、一応、そこら辺の物を使って(きれいに)するんですけれども、全然においが消えないんです。今も社内であの時の事を話すんですけれど、あの時に飲んだコーヒーとかジュース、あとは缶詰……あの泥くささは、絶対忘れないですね。

で、この写真は、缶詰を回収して、帰っている所です。


そこら辺に落ちている台車とか、発砲スチロールだけは近くに沢山あったんですね。それを回収して、皆で詰めて持ち帰りました。

これは、帰りがけに撮影した、近くの会社ですけれども、トラックがこんな感じになってしまっていました。
 

2012/5/30

[連載] 3月24日木の屋石巻水産様トークショー詳細4

(トークショー詳細3からの続き:以下からは、ビデオから映像とテキストを抜粋しておりますが、詳細な名称や単位等は音声から拾えていない部分もあり、省略させて頂いております。)



続いて、大門崎という所(地図の番号2)からここ(地図の番号3)にかけての写真です。歩道橋があるんですけれども、トラックがこのような形で止まっていました。トラックがこんな感じで塞いでしまっているので、普通に道が使えない状態でした。ちなみに、このトラックにあった商品、これウチの商品じゃないの?な話になっていました。


この歩道橋の180度反対側の写真です。これも14日…なので、震災後3日目になると、人が移動するので、それなりに少しずつ通り道が出来始めているという状態ですね。車とかも、何でこんな風になるんだろう?というような、感じですね。


これは、どこかの家の2階の部分。1階がなくて2階だけが普通にここにある…..という所を通りながら、移動しました。


で、続いて、ここ(地図の番号4)からここまで(地図の番号5)まで移動していた時の写真ですね。


ここの真ん中に中央分離帯があって、大きな幹線道路だったんですけど、真ん中のくぼんでいる部分…元は道路だったんですけれども、地盤が沈下してしまった為に水たまりができていて、当然ながら車は使えない…という場所でした。


これが、その周辺の写真ですね。


で、これは海辺に移動した時の写真なんですけれど、ウチの会社のタンクよりも内陸側にあったこのタンクがここまで流されたという事は、(ウチの会社のタンクは流されて)ないかもね…という話をしながらですね、移動しました。
 

2012/5/25

[連載] 3月24日木の屋石巻水産様トークショー詳細3

トークショー詳細2からの続き)
ここからは、写真を交えながら、お話をさせて頂きます。
私が写真を撮ったのは、313日と14日なのですが、その時の写真をお見せしたいと思います。

3
13日に会社の社員二人と一緒に、社宅からとにかく会社の近くまで見てこようという事で、行ったんです。
その時に使える道使えない道を調べてルートを確保して、会社に着いたら、缶詰が残っていたので
泥だらけだったんですけれども、とにかくこれならば、飢えはしのげると。
後は、会社の前にですね、自動販売機が2台だけ残ってまして(他は流されました)、
じゃ、あれを壊せばどうにかなるのではないかという事で、一旦アパートに帰って、
翌日314日、雨の日に、20人から30人弱ですね、会社の倉庫まで移動して、
とにかく缶詰と飲み物を皆で回収してアパートまで持って行こうとしていた時に撮った写真になります。

で、他の道は、瓦礫で埋まっていたりですとか、あとは、大きなガスタンクがある会社とかの近くですと、
アンモニアの臭いでしょうか、通るだけで、うっとなるような道だったので、
の中で一番安全なルートを開拓したのがここでした。まずは、その移動ルートは地図の通りです。

で、これは、(地図の番号1)の会社のアパートの屋上から撮影した写真ですね。
元がどうなっていたかをお見せする事ができないので、これがどれだけの被害なのかというのは、
表現しづらいんですけれども、まあ、何がなんだか分からない状態ですね。


これも同じ所から撮ったものです。


で、これはウチの社員ではないんですけれども、
排水溝とかマンホールとかも栓が外れてしまっていて、ああやってないと、危ないんですよ。
もしそこに踏み込んでしまったらストーンと落ちてしまうので。
というので、当時は皆、棒とか持って移動してました。


で、続いてこれが314日ですね。じゃ、皆で取りに行こうという時にこんな感じで移動しました。
当時、長靴を持っていた社員もいたんですけれども、持ってない人の場合、普通の靴は完全に使えないんですね。


使ったとして、どんなに楽な道を通っても、膝下くらいまでは、泥だらけになってしまうので、
写真のようにビニールシートを使ってました。それでも浸水するんですけれども。
まぁ、ないよりはマシだというという事でですね、皆でこうグルグル巻きにしながら移動しました。

2012/5/23

[連載] 3月24日木の屋石巻水産様トークショー詳細2

トークショー詳細1からの続き)
牧山は地図でいうこの赤丸で囲んだ部分です。

どうしてここかというと、工場から近かったというのと、
年に1回、私どもの会社の恒例の行事で牧山神社に上がるのが習慣になっているんですね。
ここだったら皆が行く道を分かっているし、高いから大丈夫だろうという事で、ここに避難しました。
ですけど、牧山神社への道のりが遠かったり、家族の事が心配で自宅に戻ったりして、
あとは、子供がいた社員が幼稚園とか小学校とかに向い、結果的にバラバラになってしまいました。

私は
他の逃げ道が分からなかったので、自分の車で逃げるのではなく、会社の送迎で使っていたバンを引っ張りだし、
そこに中国人の実習生達を詰め込み牧山神社の近くまで逃げました。
で、にげている途中でですね、携帯にメールが入ってきて、
送り主は大学時代の同級生なんですけれど、東京水産大学の海洋研究学科という所にいまして、
潮の流れとか波の力がどうだとかを研究していたんですね。
で、その友人からのメールですと、震度66メーターの津波がくる、
お願いだから逃げてという内容だったんですね。
6メーターの津波が来るという事は、覚えがいい加減な理論ですが、
これは、もう、12メーターの高さまで逃げないと死ぬと思ったんですね。

で、赤いポイントの地点から牧山まで逃げるわけなんですけれども、
周りでゆっくりしちゃってる人がいるんですね。家の倒れた塀を直している人とかがいて、
その人たちを見ると、「高い所に逃げろ」と言いながら私は上に向かっていました。
その後、津波が来た訳ですが、逃げてきた社員とか集まっていた人で情報を共有して、とにかく信じられない事になっていると。
で、当時携帯がすぐに使えなくなってしまったんです。
携帯の基地が海の近くにあって、停電になった時の為のバックアップ的なものもあったんですけれども、
それは水に流されてしまったので、私の携帯は30分で圏外になってしまいましたね。
で、私が山に逃げた後に、親に山に逃げたから大丈夫というメールを送ってすぐ、
音信不通
状態になりました。で、当日は、牧山の上で車の中で一夜を過ごしてましたが、
この日は雪が降ってまして、寒かったというのを、今も雪が降ると思い出したりしますね。

で、ある程度日が明るくなってから、この赤丸の地点にある会社の社宅まで移動したんですね。
ここまでは、なんとか水につかりながらですが移動できたんです。

社宅の1階まで津波でやられていましたが、近所の人40人くらいで5日間、ここで暮らしました。
最終的にはですね、比較的この社宅からは近い、この湊中に移動しまして、
ここからですね、自衛隊のヘリに乗せられてもっと安全な所に移送されました。
と、いうのも、ここの地区が道路とか使えなかったので、孤立地帯になっていたんですね。
かつこの湊中学校の隣には、第二小学校もあったんですけれども、この二つの学校は、避難所ではなく待避所だったんです。
避難所と待避所は何が違うかというと、待避所には物資や備蓄がないんです。

当時ウチのアパートまで行けなかった社員は、この湊中と湊第二小学校に避難したのですが、
物資が何もないので、まず、お年寄りと子供を優先に、カーテンをひっぺがして、
ぐしゃぐしゃになった体育館からビニールシートを引っぱりだしたりしてました。
とにかく、すごい寒かったという印象でしたね。 

2日目以降になると、SFみたいに最悪な状況で、
私が3日目に行った瞬間にはアンモニアの臭いがキツくしましたね。
そこに10002000人という人が当時いまして、そこに居た社員から聞くと、
2日間で配布された食料というのは、ビスケットくらいしかなかったと。
しかも水がないという状態でした。
私も含めてこの地域に居た人たちは、どうにかして自分たちで食料や水を確保しようと、
毎日動き回ったりしていました。


インターの近くには中学校がありまして、こっちまで行くと電気がついているんですね。
信号ついているているだけで、皆でわーっと喜んでいました。
このように、3日目で津波をかぶっている所とかぶっていない所の差がはっきりでていたんですよね。
そこにNTTさんの電話が24時間無料開放してありまして、
で、ようやくそこで家族とか知人と電話で話す事ができました。
そこで初めて話したのは、森崎さん(取引先の方)でした。
Webとか携帯が通じなくて、一番最初に通じたのが、その方でした。

2012/5/20

[連載] 3月24日木の屋石巻水産様トークショー詳細1

3月24日に遠い石巻市から、木の屋石巻水産の松友様がご来場下さり、
震災当時の状況から希望の缶詰が市場に出るまでの経緯をお話下さいました。
当日ギャラリーにご来場頂けなかった方からの多数のお問い合わせもありましたので、 
当時のビデオを元に、ご本人にご協力頂き、できるだけ詳細にお伝えしていければと思います。
画像やテキストの量もありますので、数回に分けてお伝えしていきます。
当日のトークショーだけでなく、テキスト化にも労力を割いて下さった松友様、
本当に有難うございます。 

トーク進行:株式会社 木の屋石巻水産 研究開発/品質管理/広報 松友倫人様

まず、石巻がどこにあるかというお話からさせて頂きます。
地図で見ると、赤いポイントの地点に私どもの工場がありましてというかありました。


左下に仙台市がありまして、ここから仙石線という電車に乗ると1時間半くらいで石巻市に着きます。

今は、この仙石線が震災の影響で復旧はしているのですけれども、全線開通はしておらず、
全線開通するのはまだまだ3年後になるのではないかと言われております。

今は、どうやって仙台と石巻を移動しているかというと、路線バスがでております。
渋滞しなければ1時間半ほどで着くのですが、仙石線が不通になってしまっている為に、
今は殆どの人が「三陸道」という高速道路を使っています。
ですが、この道路は
まさかこんな使われ方をする事になるとは思われなかったような道路でして、
大抵の区間が1車線で片道通行で、2車線もまあそこそこあるというくらいなので、
交通量が増えるとすぐに渋滞します。
今日(3月24日当日)も石巻からきたのですが、やはり雪とかで天候が悪くなると、
すごい渋滞してしまいます。
以前、石巻に来て下さった方々で事故渋滞に巻き込まれて3時間もかかってしまった方が
いらしたりとかもしてましたね。

仙台ー石巻間の
交通の便が途絶えると思っているという所で、さらに地図を拡大してみます。

真ん中に石巻駅があるんですけれども、ここからこの赤いポイントで示している工場まで、
大体車で20分くらいかかる距離でした。

さらに拡大すると、私どもの会社が見えます。下の方に見えるのが海ですね。
海から約120mくらいの所にありました。赤いポイントがありますが、ここは缶詰工場です。

そして、向かって右側に木の屋石巻水産第2倉庫となっていますが、これが缶詰倉庫です。
その上が、木の屋石巻水産第二工場直売所となっておりますが、1階が直売所と資材庫で、
2階が本社の事務所があった場所です。

ここの、震災前に改築した時の写真がこちらです。


で、ここの反対側になにがあったかというと、この缶詰タンクです。
これは元々魚油を貯めておくタンクでして、容量的に言うと、1000t入ります。
高さが10.8m、直径が9mありまして、このタンクがですね、見えないんですけれども、
前と後ろに同じ大きさのタンクが二つあったんです。

二つあるうちの前にあったをアイデアマンの副社長が前を鯨大和煮にしたらいいと言ったので、
2006年にペイントを施しました
実際に調べて計ってはいないのですが、会社の中では世界で一番の缶詰という位置づけでありました。
その当時のキャッチフレーズが、「日本で一番小さい缶詰会社の世界一番大きい缶詰」
というものでありました。

このタンクを含め、一番というものに結構こだわりのある会社でして、
どうしてかといいますと、日本で一番高い山といえば富士山、では2番目に高い山は?(答:北岳)
一番大きな湖といえば琵琶湖、では2番目に大きな湖は?(答:霞ヶ浦)というように、
2番は記憶に残らない、記憶に残るのは1番だという事で、
なんでもいいから小さい事でも1番をとろうという理由からなんですね。

で、震災の話に戻りますが、当時、私は、赤いポイントの地点におりました。
二日酔いの日の朝用に食べるという缶詰(!)という物を試作する為に、丁度作って缶の中に入れて、
大きなドラム缶を横に倒したような、缶詰を加熱殺菌させる蒸気釜があるんですけれども、
その中に入れて殺菌中に震災が起きました。

その殺菌する機械ですが、高温の蒸気をつけて加熱して殺菌する機械なんですけれども、
かなり密閉性が高くなるように出来ているんです。
密閉性を保つために、大きな金庫の扉のような大きな丸い留め具10本から15本あって、
それを手で回して閉めているんです。で、6年前にも大きな地震があったんですけれども、
それと同じ大きさの地震かなと思ったら、そうではない。

鳥肌の立つような揺れがずーっと続きまして、私は釜の近くに居たんですけれども、
まず釜が上下左右に揺れてですね、どんどん留め具が緩んでいくんですね。
まさかこれが開くのか?と思ったんですけれども、これが揺れが続いているうちにバーンて開くんですよね。
それくらい強い揺れが続きまして、そのうち色んなものが倒れたり落ちたりしたんですけれども、
その時は、社員は皆無事だったんです。
それで揺れがおさまって、とにかく皆外へでようとでて、それで、
津波が来るからという事で牧山に逃げようという事になったんですね。

2012/5/18

「缶闘記」が日本財団のコンクールで最優秀賞を受賞!

更新がかなり滞りまして、失礼いたしております。
年度の変わる時期、e-spaceも運営委員の入れ替えから会計監査、
そして今回の展示会の集計等で追われておりました。

そんな中、とても嬉しいニュースが飛び込んできました!!!

震災後から木の屋石巻水産の立て直しへの奮闘とボランティアや地元の方の支え合いを
社員のインタビューを交えつつ綴った1年の記録映像「缶闘記」。
当時の三陸沿岸の様子から、TVでは流されていない状況までを流しながら、
合間にインタビューされた方々の当時のリアルな表情と言葉を刻んでいくかのように入れこんだ映像です。
19分59秒という短い時間でしが、当時の場所と時が大きく深く切り取られています。
撮影されたのは、企画、取材から写真、映像そして執筆までこなすライターの岸田浩和さん。
1年に何度も被災地に足を運び、映像を撮り続けてこられました。

3月24日には、石巻市の木の屋石巻水産の松友様が遠方から現地の話をして下さるために
市ヶ谷にいらして下さったのですが、その時、岸田浩和がこの映像をご用意して下さいました。
この映像を見て、ショックも大きかったのですが、同時に、もっと何かしたい、
もっと出来る事はないだろうか?そういう気持ちもたくさん湧いてきました。

この映像が、5月17日、写真・動画コンクール2012 日本財団主催の「ドキュメンタリー部門」~あれから365日。
あなたの目に映るものは~審査会において、最優秀賞を受賞されたのです!
いろんな意味で素晴らしい事です!!!
この事を機会に、もっとこの映像を皆様に見て頂ける機会が増え、
現地の様子がもっとたくさん伝わる事を願っています。

この映像は、youtubeにて今からでもご覧頂けます。
審査会用の10分映像はコチラです。
http://www.youtube.com/watch?v=K2q09SanmNY

youtube用20分バージョンはコチラです。
http://www.youtube.com/watch?v=hdtsk3RHLec

2012/4/9

パッケージの作品-その7

花山由理

いよいよカレーパッケージのご紹介もこれが最後。。。
本日も作者のプロフィールと共に撮影したパッケージデザインをお届けいたします。
(完成したものを撮影して掲載しているものもあります、実際のパッケージと若干ですが色が異なります。ご了承下さいませ。)

まずは、本郷けい子さん。
宮城県仙台市出身。本郷さんのイラストは、だれもがほっこりしちゃいます。過去のe-space展示会でもコンペでDMイラストに使用される等、その心をほんわかにさせる力は半端ではありません!
その本郷さんは、仙台に在住しており、震災の後様々な思いをいくつかの作品にこめて描いて下さり、その一つが今回の展示のDMの作品となりました。今回のパッケージは、別の作品ですが、本郷さんの持つ暖かい世界感と柔らかく包んでくれるようなイメージがとても伝わってきますよ!また被災された方々へ贈る「あなたの心にお花をひとつ」という個展を5月15日から開催されます。後日には、こちらのサイトにて、初日に行われた本郷さんと横井さんのトークショーの詳細もお届けいたします。
本郷さんのサイトはこちら
http://www.za.em-net.ne.jp/~pon/index.html





次は、BOOSUKAさん。

広島県因島市出身。ラフィックデザイナーとして数ヵ所の広告制作会社を経て有限会社STUDIO BUS BY BOOSUKA設立。中国新聞に「BOOSKAプラプら日記」を連載他、因島をテーマにした画集「あなたの中の因島」も販売中。写真を元に「あなただけのイラストレーション」も描いております。イラストは、とにかくカワイイ!!色も線もとにかくカワイイのですよっ。
今回の鯨パッケージも黒バックなのに、かわいい〜〜〜鯨ちゃんなのですよ!
BOOSUKAさんのサイトはこちら

http://www.boosuka.tv/plugin.html


次は、Artist HAL_さん。
横浜在住。デジタルを使った版画表現の世界を構築するために作品を作り続け、そのレベルはもはやアート!他に類を見ないキャラクター・フィールド・ステレオグラム・3D では、様々なキャンペーンで使用され、10冊の絵本を出版し、コマーシャルアートにも多数使用されております。デジタルツールのハウツー本やデジタル絵画の本を執筆されたり、アートイベントのプロデュースされたりもしておられますよ。
去年の震災直後から「GENKI NIPPON」を立ち上げて多くのアーティストを集め、iPhoneケース販売でのチャリティー活動を行ってもおられます。今回のパッケージもHALさんらしいインパクト大!な鯨です!!

HALさんのサイトはこちら
http://hal-i.com/



最後は、あさいとおるさん。
札幌出身、横浜在住。2005年よりフリーイラストレーターに。本フィルハーモニー交響楽団[夏休みコンサート]の広報関係他、リーフレットとポスターを多々手がけておられます。ノスタルジーな色合いなのに、一目で心をつかんでしまうカワイさを発散するイラストは、一目で皆さんの心をつかんでしまいます。
この北欧風なイラストには、女子はモチロン、男性も年中ホレボレです!そんなあさいさんが今回の鯨カレーのパッケージのデザインを担当されました!そして、あさいさんのイラストバージョンはなんと、一足はやく完売したのでした!
その貴重なデータがこちらですよ!
あさいさんのサイトはこちら
http://www.k5.dion.ne.jp/~fish-dog/index.htm
 

2012/4/2

パッケージの作品-その6

花山由理

いよいよ4月になりました。
東北も少しは暖かくなってきたようですね!

本日も作者のプロフィールと共に撮影したパッケージデザインをお届けいたします。
(完成したものを撮影して掲載しているものもあります、実際のパッケージと若干ですが色が異なります。ご了承下さいませ。)



まずは、オガワヒロシさん。
1958年東京生まれ。空間を描かれるイラストレーターと表現したら良いのでしょうか?柔らかい透明水彩やタッチを重視した色鉛筆画による、建築、環境、空間は、写真を遥かに越えていて、とにかく圧巻です!
オガワさんのイラストは、気感がとても出ていて、見る度にそこに行ってみたくなります。海や山が大好きなオガワさんは、今回、パッケージの為に和な鯨を描いて下さいました!2012年6月12日からの横浜ギャラリーダダでの個展の予定です。
オガワさんのサイトはこちら
http://www.t3.rim.or.jp/~art_4u/


次は、須藤敏明さん。
1975年よりイラストレーターに。デジタルカメラで撮り込んだ各種素材データで構築する独自の仮想立体「デジカメレーション」技法で、一般的なCGとは異なる温もりのある仕上がりを持つキャラクターや空間を見事に生み出しています。アニメ「こいぬ物語」は、ITVA日本コンテスト・グランプリ受賞しております。
愛着があり、親しみやすいイラストは、家族向け媒体から、学用書まで幅広いニーズがあります。パッケージでは、とってもかわいい浜辺のレストランを描いて下さいました!
須藤さんのサイトはこちら
http://stowe.jimdo.com/


次は、宮島幸次さん。
1967年千葉県生まれ。なんと、宮島さんは浅草フランス座で芸人修行を数年なされていた方なのです。その為か、人と直接繋がりのある似顔絵を得意とされており、17日の似顔絵イベントでもその才能を発揮されております!サイトでも見事な似顔絵をご覧頂けます。
最近は、ネオンで風景や似顔絵を描くネオンシリーズを展開しているのですが、このシリーズもとても楽しいです!今回のパッケージでは、かわいい鯨を料理しちゃうぞな、スパイシーなオジさまを描いておられますよ!

宮島さんのサイトはこちら

http://www.geocities.jp/kuugamera/

2012/4/1

パッケージの作品-その5

花山由理

搬出作業も終わって、現在は、売上の集計作業をいたしております。
グッズも木の屋石巻水産の商品もたくさん売れた事に、本当に感謝しております。
御陰さまで、なれない集計作業も頑張れますっ。

今回も作者のプロフィールと共に撮影したパッケージデザインをお届けいたします。
(完成したものを撮影して掲載しているものもあります、実際のパッケージと若干ですが色が異なります。ご了承下さいませ。)

まずは、大賀葉子さん。
Painterを販売している会社MetaCreations社のコンテストにて、1997年にインタラクティブ部門第1位、1998年に2D Fine Art部門第2位を受賞。以来、PainterやIllustrator、Expressionといったソフトにおいて、第一人者となった方です。関連著作本もたくさんでております。
技法も素晴らしいですが、やはり大賀さんのイラストは世界館。憂いを帯びた、キュートで潤んだ大きな瞳は、大賀さんのキャラクターの特徴です。パズル誌の表紙をはじめ、東京ドームシティのカレンダー、週刊女性の連載小説挿絵等も手がけられました。今回の鯨は、シックでクールですよ!
大賀さんのサイトはこちら
http://www.ogre-s.com/



次は、武藤修さん。
1987年にイラストレーターに。武藤さんのイラストは本当にいろいろな所で見られます。一番分かりやすいのは、学研のナンプレJOYでしょうか。もともとはエアブラシでイラストを描かれていたそうですが、現在は3DやPhotoshopでの制作もされています。
色鮮やかなのに、柔らかくかわいいキャラクターをたくさん生み出されております。ご本人も愛らしいです(笑)。今回のパッケージは、パステルカラーのメルヘンな鯨さんです。なんとキャンバス地に印刷されたんですよ!
武藤さんのサイトはこちら
http://www.ne.jp/asahi/muto/hp/



次は、norihideさん。
北海道まれ、北海道在住。広告代理店勤務を経て、1999年4月にCreative Production「I.plex(アイ・プレックス)」を設立。Flashアニメーションが、MacFan「2003 Movie Festival」にて部門賞を受賞。
2Dや3Dの動物から、子供、スポーツから音楽、ファッションからファミリーと、明るく可愛いものをたくさん描かれます!そのお仕事は、絵本、児童書、雑誌、書籍、広告、WEB、パンフレットと非常に幅広いです!2009年の東京展のDMデザインもnorihideさんにお願いいたしました。今回のパッケージの為に、遠い北海道からかわいい動物達を送って下さいましたよ!
norihideさんのサイトはこちら
http://www.norihide.net/



次は、横井由美子さん。東京生まれ。1984年よりCGを始め、ペイントシステム開発や富士カラーサービス専属CGデザイナーを経て、専門学校の講師になられました。展覧会活動、イラストレーションワーク、CG教育等にてご活躍されており、2010年に情報処理学会CG教育研究発表会 「コンピュータグラフィックス教育」を発表。書道もされていて、独立書道展・毎日書道展に入選されております!
3/15の震災に関するトークショーにて、本郷さんと共に被災地の当時の状況をとても分かりやすく教えて下さいました。今回のパッケージのには、おいしい本格カレーというのが一目で分かるイラストを描いて下さいましたよ!
横井さんのサイトはこちら
http://homepage3.nifty.com/yumy%7E17/chisa/

月別アーカイブ

First  1 2 3 4 5 >>  Last